「失われた10 年」
従業員数は、10年間でほぼ半減した。1993年度・第38期の148名から2003年度・第48期には75名へ。
人材を何より大切にしてきたマサルにとって、それは文字どおり身を切るような決断だった。販管費の削減はすでに限界近くまで進められ、それでも会社を維持するためには、人員削減へ踏み込まざるを得なかったのである。
――建設業界の苦境と生存戦略
なぜ、そこまで追い込まれたのか。
1990年代後半から2000年代初頭にかけて、日本経済は長い停滞期へ入っていた。のちに「失われた10 年」と呼ばれるこの時代、日本企業はかつて経験したことのない構造不況に直面する。バブル崩壊後の不良債権問題は金融システム全体を揺るがし、設備投資は低迷した。消費も伸び悩み、企業は「成長」ではなく「生存」を最優先せざるを得なくなっていた。
建設業界が受けた影響は、とりわけ深刻だった。民間建設投資は減少を続け、地価の下落によって不動産開発案件も縮小する。公共事業もまた財政悪化を背景に見直しが進み、市場全体が縮小均衡へと向かっていった。受注競争は熾烈を極める。仕事がないわけではない。だが、受注しても利益が出ない。それが、この時代の建設業界を象徴する現実だった。
当時の建設市場
バブル崩壊後、建設投資は長期的に減少化傾向にあった。さらに、2001(平成13)年に発足した小泉政権の構造改革・財政再建路線が加わり、公共事業が大幅に削減。国土交通省がまとめた2005(平成17)年度の「国土交通白書」では次のように説明されている。
「建設投資を見ると、2004(平成16)年度の見通しは約51.9兆円で、ピークであった1992(平成4)年度(約84.0兆円)と比べると約4割減少している。一方、建設業者数(許可業者数)を見ると、2004(平成16)年3月末は558,857業者で、1993(平成5)年3月末(530,655業者)と比べると5.3%増加している。このように、建設業は、深刻な過剰供給構造となっており、受注の減少、利益率の低下により厳しい経営環境が続いている。」
マサルもまた、その渦中にいた。売上高は100億円規模を維持していたが、その数字とは裏腹に、利益は思うように残らなかった。価格競争によって工事単価は下落し、採算割れに近い案件も増えていく。受注しなければ固定費を賄えない。しかし受注しても利益が出ない。そのジレンマのなかで、経営は極めて難しい舵取りを迫られた。
それでも、現場は止まらなかった。工事品質を維持し、顧客の信頼を失わないこと。そして、次の好機を掴むこと。それが、会社を存続させる唯一の道だったからである。
この頃の建設現場では、コストと品質の板挟みが日常化していた。工事価格は下がる。しかし建築物に求められる性能は、むしろ高度化していく。建物は高層化・大規模化し、外装のガラス化も進んだ。工事で求められる技術水準は、年々上昇していた。
加えて1998(平成10)年には建築基準法が大きく改正され、2000(平成12)年から性能規定化が施行された。仕様を細かく定める従来の方式から、必要な性能を満たせば多様な材料や工法を採用できる方式への転換である。建築物の安全性・耐久性への要求は一層厳格となり、専門工事会社にも高い技術対応力が求められるようになっていった。
厳しい経営環境のなかで生き残ることを最優先にせざるを得なかった。しかし、技術力を失えば、会社の未来も失うという危機感があった。こうした苦渋の決断を迫られる中、優秀な人材の流出を喰い止めることが出来ず、それに伴って技術力も離れてゆくという苦しい局面が続いた。
この時代は、建設業界全体の再編期でもあった。ゼネコン各社は統合と再建を進め、多くの専門工事会社が淘汰されていく。長年続いた会社が姿を消すことも珍しくなかった。
そうしたなかで、マサルは苦しみながらも事業の継続を選び続けた。利益剰余金は減少し、有利子負債は増加する。財務的にも厳しい状況が続いた。それでも、信頼に応えようと最善を尽くした。その積み重ねだけが、次の時代へつながる希望だった。
「失われた10年」は、日本経済にとっての停滞期であると同時に、多くの企業にとって耐える時代となった。マサルにとっても、この10年は苦難と忍従の時代であった。だが、逆風のなかで会社を存続させた経験は、後年の経営基盤を支える大きな財産となっていく。
1997(平成9)年の施工実績
【防水工事】高層マンションのウレタン塗膜防水工事に着手。晴海1丁目再開発BG棟、東雲1丁目都民住宅、リバーシティ21
【シーリング工事】横浜みなとみらい21クイーンズスクエア三菱地所工区・TRY90工区、山之内製薬第2本社ビル、JR東日本新本社ビル、三菱石油本社ビル、ハウス食品東京本社ビル
【リニューアル工事】三井海上火災本社ビル、フジテレビジョンクリーニング、電波新聞本社ビル、日販王子物流センター、大正製薬大宮工場

電波新聞本社ビル
・汚れ防止のため既存シリコーンシールをポリイソブチレン系シーリング材で改修した初めての現場。