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業務拡大期 C 4-7

シーリング業界への貢献②

昭和50年代⑦

1980(昭和55)年から5年間を費やし、建設省主催のもとに官民共同で、既存建築物の保全技術及び新設建築物の耐久性向上技術を確立するため、調査プロジェクトが結成され、大掛かりな実態調査が行われた。プロジェクト設立の背景は、戦後建物が盛んに建設されたが、この時期、案に相違してそれらの建物の脆弱さが顕在化してきたことにある。

――建設省「総合技術開発プロジェクト」(総プロ)への協力とシーリング防水技能士国家試験制度の発足

シーリング防水工事に関しても、ポリサルファイド系使用のものは補修需要が多く出てきていた。これがシーリング材に対する不信感を起こしつつあった。シーリング業界では、信頼性回復のためにも業界ぐるみで実態調査に参加し、材料の性能を明らかにしようとした。マサルも率先してこの総合プロジェクトに参加し、建築耐久性研究部会・非構造分科会・防水グループ・シーリング防水ワーキンググループの一員として調査研究に携わった。

5年後の1984(昭和59)年、総プロは所期の目的を達成し解散したが、この研究結果は、シーリング材メーカー業界にとっても建物の耐久性、保証問題、メンテナンスの指針の基礎となり、以後広く活用された。

1979(昭和54)年、労働省では防水施工者の技能向上をめざし、労働省管轄の技能検定の中に「防水施工・シーリング防水作業の技能士」を新規に制度化し、国家資格として誕生させた。

シーリング管理士制度

1972(昭和47)年、日本シーリング材工業会は、専門工事管理者の育成のためにシーリング管理士制度を発足させた。

国家試験は労働省の中央職業能力開発協会が主催し、試験の実施は各地方自治体に委託している。シーリング業界からも検定委員を派遣して現場に立ち会い、業界あげて積極的に参画する。マサルにおいても、これらの制度は業界の技能向上の啓蒙につながるものと高く評価した。

第1回目の国家試験は受験希望者が大勢いたため50名に限られ、各企業に人数が割り当てられた。マサルでは若手の中から古戸井、原田の2人を選抜し、全面的に受験勉強を支援した。試験当日には、操上は自ら新しいユニホームと道具一式を揃えてやり、2人を激励した。

試験場の様子について操上は、「実技試験では、段取りに手間どりスタートが遅れてハラハラしたが、仕上段階になると急にピッチが上がり群を抜いてきれいに仕上げてしまった。仕事はあせらず段取りよく進めていくように指導してきたことが間違っていなかったと、とてもうれしく思った」と語っている。

そして古戸井と原田は、「受験者として選抜され非常に光栄だったが、責任感からプレッシャーも感じた。合格したときには応援してくれた会社に恩返しができたと、本当にうれしかった」と述べている。

技能士検定①

技能士検定②

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