特殊な施工条件への対応①
創業以来培ってきたマサルのシーリング施工技術はますます成熟化し、首都圏の代表的な超高層ビル工事に参入して活発に活動してきた。
1996(平成8)年時点で、特に新しい技術開発や特徴的な工事が見られた建物を取り上げ、時代の流れのなかでのマサルの活躍の姿を描いてみたい。
――シーリング工事・前編
この頃からビル建築はデザインの斬新さを求めてますます形態が複雑化し、シーリング工事に厳しい条件が課せられる傾向となってきたが、マサルは技術力と知恵をもって突き進んでいた。
真光文明教団主座世界大本山御本殿の屋根防水工事は、設計段階から携わった。
1987(昭和62)年、静岡県中伊豆に建設された本殿は荘厳な雰囲気を演出したデザインで、屋根は二度と再び工事を行うことが困難な構造のため初めてチタンが使用された。
マサルではこの屋根について、塗膜防水、シーリングなど一切の防水工事を請け負い、設計段階においてシーリング機能を長持ちさせる方法として次のような提案を行った。
第1は目地を従来の常識を破って高い部分に設置することである。水が目地にたまらないようにPC板を凸状に形づくり、その頂点に目地を置く。
第2はシーリング材の上をエキスパンションゴムでカバーして、シーリング材を保護する方法である。
この2つの提案が受け入れられて計画どおり工事は順調に推移した。とはいえ、実際の施工は大変だった。屋根は勾配が30度もある急斜面である。しかもチタンは滑りやすく、両手で体を支えながら移動しなければならない。このため材料および工具一式をおさめたリュックサックを背負って工事を行った。

真光文明教団主座世界大本山御本殿
1988(昭和63)年竣工の後楽園の東京ドーム(東京都文京区)は、日本初の大規模エアドームとして大きな話題を呼んだ。この屋根は、二重のテフロン膜の間に常時空気を送り込み、外部気圧より内部気圧を高く保持することで屋根を構成するシステムである。
この建物におけるマサルの工事は観覧席のPC板目地のシーリングが主体であった。幅約8m、奥行き約80cmの観覧席(段床)が場内に延々と続き、かつ一段一段と急勾配の段差がはるか上方まで上っている。「シーリングすべき目地から目地へと移動するだけでも大変な運動量になった。材料は1人30~40缶/日を消費したが、この缶を担いで急勾配を移動するのは楽なことではなかった。東京ドームはさすがに広いと思った」と、工事を担当した作業員は語っている。

東京ドーム
日本火災横浜ビルは1989(平成元)年に竣工した。1922(大正11)年に建設され関東大震災も戦災も免れた川崎銀行横浜支店ビルのルネッサンス様式の外壁を解体復元方式で保存しようという再生計画に基づいて建設された。馬車道側は全面的に、側面は低層部分が再利用された。
この工事ではサッシ工場でガラス入れからシーリングまでサッシまわりのすべての工事を完成させ、建設現場の施工を最小限にとどめる方式が導入された。いわゆるユニット化である。PC板をストックヤードで組み立てる工法は既に1979(昭和54)年の京王プラザホテルで行われたが、サッシまわりすべてがユニット化されたのはこの工事が最初である。確かに工期は早い。この方式をもし等圧工法と組み合わせればさらに工期は短縮されるであろう。以来、サッシ業者はこの方向に力を注ぎ出した。時代の変化を予感させる工事であった。

日本火災横浜ビル